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03 侍の紋章

2007年4月19日 (木)

侍の紋章

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「桜に六文銭」

これが、我 侍塾の紋章であります。

しきしまのやまと心を人とはば

     朝日ににほふ山ざくらばな

江戸中期の国学者、本居宣長氏は、日本人の純粋無垢な心情を詠みました。サクラは、私達日本人が古来からもっとも愛した花であります。

サクラの花の美しさには気品があること。そしてまた、優雅であることが、他のどの花よりも「私達日本人」の美的感覚に訴えるのであります。私達はヨーロッパ人とバラの花を愛でる心情を分かち合うことはできません。何故なら、バラには桜花の持つ純真さが欠けているからです。それのみならず、バラは、その甘美さの陰にとげを隠している。バラの花はいつとはなく散り果てるよりも、枝についたまま朽ち果てることを好むかのようであります。その生への執着は死を厭い、恐れてるようであります。しかもこの花にはあでやかな色合いや、濃厚な香りがあり、これらは全て日本の桜にはない特性であります。私達の日本の花、すなわちサクラは、その美しい粧いの下にとげや毒を隠し持ってはいません。自然のおもむくままにいつでもその生命を棄てる用意がある。その色合いは決して華美とは言いがたく、その淡い香りには飽きることがありません。このように美しく、かつはかなく、風のままに散ってしまう花、ほんのひとときの香りを放しつつ、永遠に消え去ってしまうこの花が「大和魂」の典型なのだろうか・・・

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「六文銭」と言われる真田家の家紋。

         

「六文銭」は俗称で本当は「六連銭」あるいは、「六道銭」というそうです。

六道とは、仏道における、人が善悪の業によって赴く六つの冥界のこと。地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つです。また「六文銭」は、死者を葬る時に持たせて送る、三途の川の渡し銭と言われており、現在の葬儀においてもその風習は残っています。

これを旗印にするということは、「いつでも死ぬ用意がある」という当時の戦国という時代における武士の覚悟の現れでもあったでしょう。

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これは、ネックレスにして、私が肌身離さず身につけている「六文銭」です。私が侍塾を結成した当事、奈良の友人Aさんから贈られたものです。本来は「永楽通宝」なのですが、なかなか程度の良い物が手に入りませんので・・・ 他のネックレスをする時にも、鞄やポケットの中に必ず入れております。

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